本稿では実際に京都で小さなホテルを運営する筆者の目線から、新型コロナ前後の京都の宿泊業について考察をしていきます。
・コロナ前夜
・コロナ禍中
・with/afterコロナ
コロナ前夜
今は京都に限らず宿泊業界の人の話題といえば一にも二にも新型コロナですが、つい忘れがちなのが、新型コロナが来る直前の状況はどうであったかです。
新型コロナがこの業界に大打撃を与えていることは疑う余地も有りませんし、最も損害が大きい業界の一つであることは間違いないでしょう。しかしながら、その直前の状況を考えると、すべての施設が新型コロナのせいだけで苦境に喘いでいるとは言い切れない側面もあります。
端を発したダイヤモンド・プリンセス号の件が2020年2月です。京都の宿泊施設にとっては、2月の前のかきいれ時は11月の紅葉シーズンとなるでしょう。桜シーズンと並んで京都の2大ピークシーズンです。
そもそも近年、この2大ピークシーズンにホテルが取れないことが東京オリンピックに向けての京都の問題と報道され、日本各地だけでなく外国の資本も入り込みホテル建設ラッシュが始まりました。
ピークシーズン以外は結構空いていたにも関わらず、です。
ビジネス需要がある東京・大阪・福岡などと違って、観光需要が大部分を占める京都の宿泊需要はそもそも繁閑の差が大きいものでした。その「繁」の部分だけが注目されてしまった形です。
違法民泊については京都市は日本で一番と言っても良いスピードで撲滅しましたが、その分簡易宿所としての許可取得を奨励した結果、まさに雨後の筍の如くあらゆる種類の宿泊施設が増えました。
コロナ前夜の項なので過去形で書きましたが、現実にはこの建設はすべてが止まったわけでは有りません。もちろん「ホテル建築予定地」の看板が立っているままの空き地もありますが、例えば京都市東山区の元白川小学校をホテルにする工事は現在も進んでおり、約170室のホテルが新たに誕生する模様です。
京都の宿泊施設ではコロナ直前のピークシーズンである11月でもADR(平均客室単価)は下落し、実は新型コロナ前から撤退を検討せねばならないところが相当数あったはずなのです。
特に河原町エリアでの急増が顕著で、新築ホテルのオープン直後からかなり安めの単価でお部屋を出している施設がありました。
対して、某国内OTA(オンライン予約サイト)の営業担当から聞いた話では、そのOTAの宿泊数で、嵐山エリアで微増、河原町エリアで二桁%増、東山・祇園エリアで大幅減(正確な数字は聞けませんでした)だったそうです。
3年間で1.5倍になったと言われるほど急増した室数を考えると、河原町エリアにおいても、施設あたりの稼働率は相当低下していたことが推測できます。
コロナ禍の最中
そこにやってきた新型コロナ騒動です。まず目に見えて外国人観光客がいなくなりました。最近出来た新しい宿泊施設の多くはインバウンド客を狙っていたはずなので、ADR/稼働率共にかなりの下落率であると思います。
近年インバウンド客による観光公害が叫ばれていた京都では忘れられがちですが、京都はもともと日本人にとっても大切な旅行先です。コロナ禍が進む中でその日本人観光客もいなくなってしまいました。
これも忘れられがちな存在ですが、京都の宿泊施設のお得意様はまだいらっしゃいます。一つは「修学旅行客」。もう一つ、あまり知られていませんが、「甲子園需要」です。
京都から甲子園?と思われるかと思いますが、春夏の甲子園開催時には兵庫県にある甲子園球場周辺の宿泊施設は一気に埋まります。日本全国から代表校、スタッフ、保護者、報道陣が一斉に集まるためです。
もちろん選手は甲子園近くの旅館などに泊まるのですが、入りきれない野球部員や応援団、チアリーディング部などなど、実際に試合に出ない生徒や関係者もたくさん甲子園を訪れます。そういった方々が足を伸ばして京都に宿泊するケースです。
御存知の通り春夏ともに甲子園は中止。修学旅行自体も出来ない状態になっていましたので、修学旅行生需要も、甲子園需要も溶けてなくなってしまいました。
特に国内で緊急事態宣言が発令された4月。京都最大のかきいれ時でもあるこの季節に京都の街を歩いていて驚きました。
京都はこれほどまでに観光客を前提にして設計されていたのかと。全くと言って良いほど人がいない商店街。宿泊施設は軒並休業。やっていても明かりがついているのは数室程度です。明らかに固定費をカバーできる水準ではありませんでした。
所用でお隣の滋賀県まで車ででかけましたが、基本的には地元の人で回っている経済圏である大津のほうが人手は出ているようでした。
当たり前のことですが、観光地から観光客がいなくなると、こうも寂しくなるんだなぁと実感した次第です。
with/afterコロナ
新型コロナはある種の風邪であると言われています。日本よりはるかに被害が大きかった欧州でもすでに観光客受け入れを開始している国もある通り、いずれにせよwithもしくはafterコロナ時代に突入すると思われます。問題はそのときに備え今何をすべきか、になります。といってもAfterコロナ時代に入っても完全に元の市場環境に戻るとは言い切れないのが難しいところです。
そのwith/afterコロナ時代の市場分析を星野リゾートの星野氏はこう分析しています。
・日本の観光市場は26兆円。そのうち国内観光は21兆円を占める。
・しばらく海外旅行に行けない分(1.1兆円プラスα)は国内観光に戻ってくる。
・まずは、国内客が近くに旅行するマイクロツーリズムを狙うべき。
流石に非常に的を射ていると思うのですが、この分析にはあえて言及されていない部分があります。国内観光市場21兆円自体が縮小するというポイントです。
日経センター予測(※1)によると2020年度のGDP成長率は「標準シナリオ」でマイナス6.8%と予測されています。2019年度の実質GDPは535.9兆円ですから、ざっくりした数字ですが、単純に6.8%をかけると、36.4兆円が消えることになります。
こういった影響を最も受けやすい観光宿泊業としては、国内観光市場21兆円を前提に話すのは無理があるのは明らかです。
これから起こる国内旅行客、そして観光訪日制限が緩和される国からのインバウンド客の争奪戦。まだ業界全体が試行錯誤している状態ですが、今まで通りでは生き残れないというのは共通認識ではないでしょうか。
先述の星野リゾートなどの高級ホテルではもともとスタッフによる密なサービスが売りだった部分がありますし、ビュッフェも多用していたので方向転換を迫られています。
中級以下の宿泊施設では損益分岐点を下げつつユーザーに選んでもらえる宿になる必要があるでしょうし、インバウンド向けに設計していた施設では国内のお客様向けにサービスなどをかえていく必要もあるでしょう。
一度需要がほぼ消滅して、部分的にでも戻ってきたという意味では飲食業界が先行事例として参考になるかもしれません。これは日本各地でほぼ同様の状態かと思いますが、京都でも、もともと地元のお客様に人気だったお店はコロナ禍中でも繁盛しています。
もちろん売上減少はあるでしょうが、行列店は行列店のままと言った印象です。筆者の近所には常に大行列の人気うどん店がありますが、先日「コロナ禍なら・・」と思い訪れたところ、変わらない行列がありました。
宿泊施設には地元客が利用することが少ないという特性はありますが、2極化が進むという意味では似ているような気がします。
安心安全アピール、非対面チェックイン・アウト、BBQ施設などで地元住民への訴求などなど、今後、各社差別化戦略がどんどん出てくると思いますので、ホテル運営の当事者として、引き続き注視していきたいと思います。
著者 プロフィール:
京都東山ウィズ
マネージャー
星 知紀
Tomoki Hoshi
https://www.kyotowith.com/ja-jp